髪を切るということ
人として生きている以上、また、普通の会社員として生きている以上髪を切って整えるのは生活上の必須事項である。私も幸い中年となっても、髪が必要以上に後退することも、飛び地的に円形に干上がることもなく、2ヶ月に一回程度は通常の散髪が必要となる。
言葉もうまく通じないため、髪を切るお店を訪問する際は、病院と同様の不安を常に抱えて散髪することとなる。
満足な床屋にたどり着くまでにはかなりの期間を要したが、特にそこにたどり着くまでに特徴的であった二つの髪を切る店について投稿してみたい。
会社そばの美容室
会社のそばに、いつも朝食のパンを買う売店があり、その正面に美容室がある。
こちらの売店は配達も行っており、よくその美容室の人がコーヒーを注文しにくる姿を目撃した。
どうも外から見るにその美容室の主要陣容は、髪を紫に染めてショートにまとめている女性美容師さん。
もう一人は、短い髪で、ひげを男らしく短く整えている男性美容師さん。
とにかく、髪を切るお店を探していた私は、売店でこの紫頭の女性美容師さんに会ったときに、髪を切りたいのだけど、どれくらい時間がかかるのかと聞いたところ、30分程度とのことで、会社終了後の予約を行った。
会社終了後、その店を訪れたところ、紫頭の女性美容師さんとイケメンひげ美容師さん、他、一名の男性がおり、三人で談笑していた。
私は、紫頭でもなく、イケメンひげでもなく、初めて出現したこの第三の男に散髪してもらうこととなった。第三の男の指示に従い、散髪台に座り、同氏に衣服に髪がつかないようにするプラスチック製の服を着せてもらい、散髪を待つこととなった。
その間、第三の男がスプレーで髪を湿らせ、私の席から離れて、紫頭とイケメンひげの元へ行ったので、準備が整いました、散髪お願いしますとどちらかの人に頼みに行ったのかと思ったが、おもむろに二人の前を通り過ぎ、ステレオの前で、ラジオ局を選曲している。
お好みのはオペラらしい。
オペラの楽曲が店内に流れ、軽く口笛を吹きながら私のほうにはさみを持って歩いてくる。
私の後ろに立ち、開口一番、ぼくはオペラ歌手なんだと説明し、ラジオにあわせその曲を美声を震わせ熱唱をし始めた。熱唱が始まると同時に私の散髪が開始された。
心の中でオペラ歌手?美容師じゃないの?それともオペラ歌手であり、美容師であるスーパーマン?と思いながら覚悟を決めて、きるに任せることにした。
10分程度で散髪は終わってしまった。
気になる髪型はといえば、前の毛は一直線、その直線が頭の後ろを回り一周している。日本で言うマッシュルームカットのようだ。
見せた写真とは程遠い髪型に憤慨している私には全く気づかず、相変わらず熱唱しているこの第三の男に対し、軽い殺意が沸いたのは言うまでもない。
家に帰り、奥さんが私の髪型を見た瞬間に噴出すと同時に言った言葉、「なんでそんなココナッツカットになっているの」と?
どうもこちらではマッシュルームカットではなく、ココナッツカットというらしい、名前の由来は髪型の形ではなくその髪型にカットする散髪方法にあるらしい。
アマゾンのある民族は、村人の髪型はみな同じらしい。村人はみな、半分に割られた空のやしのみをかぶり、そのやしの実からはみ出ている毛を切ることにより、頭を一周一直線で切った形の髪型になるらしい。
第三の男は、オペラ歌手でもなく、美容師でもなく、アマゾン出身の単なる通りすがりの村人か、、、、ボゴタの中心でアマゾンの民族の髪型が再現されるとは本当に恐ろしい国であると思った。。。
奥さんおすすめの美容室
髪もだいぶ伸びてきた。知らない土地での床屋はかなり怖い。ココナッツカットにされたり、2ブロックといったら限りなくモヒカンに近い髪型にされたりと散々だが、とにかく、歯医者と床屋は日本語の通じるところに行きたいがそのような気の利いたものはこの土地にはない。
よって、奥さんに相談。奥さんは前から行きつけの店のようで、奥さんに従っておすすめの美容室にいってみることにした。
店の名前は、場所が特定されてしまうため(わざわざ日本からその美容室にいく物好きの方はいないと思うが)、前評判はというと髪を切る人は、元は男で、今は女性の方。
コロンビアは美女が多いので有名だが、ジェンダーの境目があまりなく、奥さんによると神の手をもつ美容師さんとのこと。
よし、これは期待できるぞと当日を迎える。
車でその美容室へ。イメージとしては、美にあこがれて女性になった方の美容室なので、かなりキュートな店構えかと思いきや、どうも普通の床屋の様相。
駐車場の横には、さまざまな手製の鳥かごがあり、さまざまな種類のカナリアが美声を奏でている。
店に入ると4つの髪きり台があり、それぞれの席に女性が座っている。その後ろで、1番の席は染めた人の待合用、隣は髪を切っている人、その隣は、髪を乾かしている人、その隣も髪を乾かしている人。髪をそめて、待っている人以外の席にはそれぞれ、担当の人が後ろで作業をしている。
店に入ると店の人の全員の目が私に集まった。
体が固まった。
美容師らしい元男性の現女性の方が、繊細な神の手で髪をきるというような美容師と想像していた私の予想をはるかに裏切る光景。
美容師の元男性、現女性は、一人ではなく全員がそう、しかも全員がとにかく大柄、繊細な神の手というよりは、巨大な神の手という感じか。
布陣としては、どうも髪を切っている人が、その総大将、身長推定180センチメートル、髪は長くストレートの金髪、ピンクに白の水玉のドレスに白いカーデガン、胸もお尻も非常にボリューミーで、ただ、太っているというわけではないが、かなりのシリコンを注入した結果と思われ、右に左に上下左右に動きながら散髪するので、ロデオマシーンをそばで見るような感覚。
その横は、なよなよしているが、中年の中肉中背の男性、化粧もしておらず、白衣をきており、髪も黒く短く、ふつうのどこにでもいる中年の男性のように思われる。
この方はおそらくここで働き、先輩たちのように美しくなるようにお金をためているのだろうと推測。
一番はじは、カーリーの長い金髪に化粧を完璧に施した185C程度の最初の美容師さんの上をいく大柄、上は、灰色のカーデガン、下は、タイトな白いパンツ。
肩幅も広く、また、足も太く、格闘家のよう。
そこに大きな胸とお腹が発達しており、かなりの迫力。
また、化粧もおしろいはしていないもののデーモン小暮閣下テイストで、顔を見ていると引き込まれそう。
先ほどからしきりにこちらに視線を送ってくる。
頭の中で往年の名曲聖飢魔Ⅱのデーモン小暮閣下の「蝋人形の館」、今夜も一人、また生贄になるが、リフレイン(しらないか。。。)。
緊張して自分の番をまっていると、「(私の名前)、こい」という。
ついていくと、シャンプー台が。
日本のようにリクライニングもなく、首を支える器具がついている。
さすがに腕輪はないが、前面黒の皮製で、あたかも映画で見た電気椅子のよう。
自分で高さを調整し、後ろに頭を倒すと、まずは髪をぬらす作業。
その後、シャンプーリンスで髪のクリーニング。
その後タオルで水分をふき取る。
このように作業を文字にするとあくまで普通のプロセスのようだが、ここに、詳細プロセスを記載するとかなりのもの。
まず、髪をぬらす作業。
つ、冷たい、どうも温水は出ないらしい。
日本のように湯加減はどうですかというような気の聞いた言葉もなく、ひたすら冷水を浴びせられる。
シャンプー、リンスを通して感じたのは、グローブのようにでかい手のひらの感触と、執拗に股間を肩に押し付けてくる感覚。
まず、手は非常にでかいので、シャンプーもリンスも2回なぜるだけで十分、洗うときも二回も、手をまわせば全ての泡は吹き飛ぶ。
また、手を回すたびに不自然に股間と上半身を私の体に押し付けてくる。
おそらく周りから見ると、プロレスで押さえつけられた選手が、不自然に頭をなぜられながら、うめいているという様相であろう。
極めつけは、髪をタオルで拭くとき。軽くやさしくなどとは程遠い、髪とタオルを編みこみ、一発で、雑巾を絞りきる感じ。
この、髪を洗う作業だけで、ここに来たかいがあった、誰もできない経験、いままだ味わったことのない感覚。
その後、散発台へ
。もう、このころになると俺の心もなれ、まるで流れ作業のベルトコンベアーにのった一つの工業品、または、まな板の上の鯉という感じ。
他の客も皆同じ作業にのる工業品だが、皆あきらめきっているのか、何も言わず流れの波に乗っている。
覚悟を決め、めがねを取り、身を任せることに。
日本のように微調整をしながらきっていくというより、美のセンスに任せ、大胆に彫刻していくという感じ。
どこまできられていのか全くわからないが、散発は5分ほどで終了。
その間、ふるったはさみはおそらく、計10回程度であろう。
ここで私はさすがに自分という作品を見る気になれず、目をつぶっていたが、どうも後ろに気配がない。
どうも次の生贄、、、ではなくお客に移ったらしい。
ここで、しばらく待っているともう一人の巨人が乾かしてくれた。
これも手がでかい。
特大のドライヤーで一気に仕上げ。
人の頭に敬意も何もあったものでない。
頭だけ台風に翻弄された後、プラスチックの髪除けの衣服を脱がされる前に、床屋でよくあるベビーパウダーをパフパフとしてくれる儀式があるのだが、これもさすが巨人の支配する店、刷毛は、ペンキを塗る刷毛のようにでかく、また、なかに剛毛が混じっており、気持ちいいというよりちくちくちくちくいた痒い感覚を増すだけであった。
その後普通に支払いをすませ、店を出たが、とにかくいえることは、色々な違いはあれど、早い。
髪を洗うのからカット、ドライヤーまで含め、計12分。
俺の髪はスポーツ刈りなどではなく、ちょっと長い感じなのだが、これだけのことをこれだけの短時間でやってのけるとは、やはり恐るべし。
次回再度利用させてもらうかわからないが、人生の中でもこれだけ短時間で、色々なことを感じさせてもらえる店はもう出会えないであろう。
後日談になるが、従業員の中にいた唯一の男はなんと、巨人の元男性現女性の美容師、神の手を持つ美容師の夫だとのこと、やはり、男女の関係というのは奥が深いと心底感じさせる美容室の懐の深さ、脱帽である。
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