一昨年の冬、親父が亡くなった。
親父が長年住んだ山梨の家の整理に今年一年かかったこととなる。
とかく物を大事にするたちで、ボーイスカウトの経験のある親父は「備えよ常に」という標語の通り、私からするとごみのようなものまで丁寧に仕分けしてとっていたので、その物量たるや驚愕するものであった。
これらを様々な思いにひたりながら一年間かけてすこしずつ整理してきたのであるが、極めつけのものが残っていた。
それは、親父が満を持して建設したビザ釜である。
このビザ釜、大きさがかなり大きく、ピザを焼くには相当量の薪を必要とする質素やエコとは正反対の産物であり、ピザやパンを焼くにあたるコストを考えると使用不可のものとなってしまっていた。
また、場所も悪く、駐車場にすれば絶好のロケーションの場所にでーんとセメント作りの堅牢な存在感を出してしまっているので、手に負えない。
さすがに親父が亡くなってすぐに撤去というのは気が引けたので、一年間は親父がため込んだものの処理、一年たってから撤去ということで考えており、一年が過ぎた。
年末の休みを使い、撤去するという予定を立て、電動コンクリートハンマをレンタルした。
なかなかレンタルの場所がなかったのだが、ネットで見つけたレンタルトライというレンタル屋さんにお願いしたところ、しっかりと期日に届く。
新たな工具を手にすると興奮し、すぐに使用してしまいたくなる私、送付されたと共に私は先端のビットを装着し、試しにそばにあったコンクリを破壊してみる、いい感じで体への負担などあまりなく、また騒音もそれほどなく、よい感じでコンクリートが破壊される。
これはよいとうことで、次の日に向けて体調を整える。
翌朝、撤去にとりかかる、まずは軽くコンクリートハンマを立ててみると天井の部分が少しずつ崩れて来て、なにやら変なものが見えてきた。
このピザ窯は、元々耐火煉瓦製のものと思っていたのだが、純正の耐火煉瓦製ではなかった。
材料代を節約しようとした親父の知恵なのであろう。
天井の部分は、耐火モルタルでおおわれているのだが、その下から顔を出したのは、無数のビールの空き缶、その下には耐火煉瓦、すなわち天井の構成としては、蓄熱用の耐火煉瓦で一番下の層を作り、その上に、飲み終わったビールの空き缶を敷き詰め、いわゆる空気の断熱層、その上に耐火モルタルという、なんとも言えない凝った造り、なんとなく、これでは蓄熱などしないだろうなーという複雑な思い。
よって、まずは、一番外側の耐火モルタルを除去するために、電動コンクリートハンマではなく普通の鉄製ハンマーで天井を打ち砕く。
そののち、細かく砕け散った天井と共に、空気層であろう、ビールの空き缶をすべて撤去し、ここで、本丸の耐火煉瓦である。
耐火煉瓦と耐火煉瓦の間をつないでいる耐火モルタルの部分に電動コンクリートハンマの先端を押し付け一気にトリガーを引くと、とてつもない力でピザ窯の蓄熱層を形成していた耐火煉瓦でできた天井を打ち砕いていく。
ただ、耐火煉瓦は高価で当然のごとく再利用を考えていたので、なるべく傷つけずに壊すことを心掛けたのだが、やはりかなり難しかった。
あるものは、モルタルを引き剥がそうとしたところで、レンガが割れてしまったり、もろくなったレンガはその電動ハンマの振動で自己破壊したりと。。
耐火煉瓦製の天井、横の壁、床面等すべてのレンガを崩していく、なんとなんと、レンガのスキマのある場所にはハサミムシが越冬のため、肩を寄せ合い、生活していた。
突然の圧倒的な電動工具による家の破壊と寒空に放り出されたハサミムシが少し気の毒になるが、気にしないようにして作業を進める、親父がかけた時間がどれほどかわからないが、ここまでで半日、あっけないほどすんなりと上部の解体は終わった。
半日という短期間であったが、なれない重い電動工具の使用で腰が痛くなり、この日は中断。
一日の作業を終え、痛くなった腰をさすりながら、温かいコーヒーを飲みながら、現場を見てみると、頻繁にきれいな小鳥がやってくる。
あまりに頻繁に来るので何かと思ったのだが、どうも親父の作った暖かい家で越冬していたのだが、電動工具使用による破壊的暴力行為により破壊された元の住人、ハサミムシたちをついばみに来ていたのである。
家を放り出され、つままれ、食べられ、、、ハサミムシにとっては、親父はいかに聖人で私はいかに悪人かといったところか、、、なんとなく合掌である。
後残るは、親父が気合を入れて作ったであろう、堅牢な基礎部分、自然の石を根気よく河原などから拾ってきたのだと思うが、大きな石をコンクリでかため、しっかりと堅牢な造りとなっている、城壁のようなイメージのものになっており、この攻略には相当な困難が予想された。
この城壁のような基礎を作った時の親父のこつこつした努力とできた時の達成感を思うと気が引けたのだが、壊さずには、車を入れられない。
親父がコツコツ石を積み上げ、コンクリートで固めていったのと同様、自然石の部分は堅いので、コンクリートの部分にコツコツコンクリートハンマーをあてがい、ひとつづつ石をそぐようにして破壊していく、本当にもう何の思考もいらず、ただひたすら無心で城壁を崩していくだけ。
何も考えず、同じ作業を繰り返していくのは瞑想のようなものであり、親父が残した遺産を利用し瞑想させてもらっているという感じか。
一部はあまりに強固に固定されており、コンクリートハンマーでも破壊できず、よって、なんとか平らにする程度の破壊で終わらせ、何とか車が駐車できるほどの水平を確保し、ピザ窯本体の解体の作業は終了となった。
その後、解体した耐火煉瓦の整理をした。
大体1/3は、完ぺきな形で残ったレンガ、残り2/3は、割れたりセメントが残ったりしてしまったレンガなのだが、これはまだまだ使えるし、それこそ、「備えよ常に」の精神でとっておき、今後行うであろう庭の手入れの際に利用することとした。
これにより親父の作ったピザ窯は姿形は違えど、この土地で生き続けることとなる。
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